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七夕の日

今日は七夕の日。


年に一回、彦星と織り姫が
出会うことを許された日。


この日、願い事を書いた短冊を
笹に吊るすとそれが叶うという。


しかし、遠い昔、子供の頃に
あんなに一生懸命書いた短冊も
僕たちは大人になるにつれて
そんなことは幻想だという事実に気付き、
願うことすらしなくなる。


人は現実を知ってしまうと
無駄なことにエネルギーを注がず、
諦観を決め込んでしまうものだ。


実際、僕の周りでも何人かの人が
「そんな意味がないことはしない。」
といったようなことを言っていた。


まぁ、ごもっともな意見だ。


しかし、本当にそうだろうか?
そこに”意味”はないのだろうか?


笹に願いごとを書いた短冊を吊るすと
それが叶うなんて確かに幻想だ。


そんなことで本当に願いが叶うのなら
日本は笹と短冊だらけになるだろう。


だから、確かに
「願いを叶えるために願いを書く」
という行為そのものには
大した意味はないのかもしれない。


ところが、この行為には
別の”意味”が存在するような気がする。


それは、自分自身の願いを
”強化する”という意味だ。


最初から諦めモードで何もしないのと
積極的に願いを書いて行動に示すのとでは
どっちがより強くその願いを実現できるだろう?


願いごとに理論などあるはずもないが
しかし、このことに限って言えば
論理的に後者が正しいのではないだろうか。


少なくとも僕はそう思う。


要は全ては自分自身の心の問題なのだ。


想いを願うのも自分自身。
それを叶えるのも自分自身。
そしてそれを諦めるのも自分自身だ。


そしてその願いは
強ければ強いほど
明確であればあるほど
現実的であればあるほどに
叶う可能性は高い。


願いを胸に抱きましょう。
あなたに願いある限り。


あなたは自分の願いと
どう向き合っていますか?
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